カリスマ店員森本さん

森本容子さんとは、エゴイスト渋谷109店にて、カリスマ店員の象徴的存在として有名になった人物です。

高校卒業後に建築の専門学校に通いながら、週末だけリトルニューヨークのショップスタッフとして働いていました。
その後カパルア、ココルルなどいくつかのブランドを経て、エゴイスト渋谷109店でカリスマ店員として絶頂期であった99年に退社しています。

それから現在のオーナーとともにマウジーを立ち上げ、デザインからプロモーションまですべてプロデュースして話題となりました。
美脚効果で人気のマウジージーンズは伊勢丹百貨店や丸井のジーンズ売場でも展開するほか、全7ブランドへと発展させていきました。

小さい頃は、洋裁好きのお母さんのおかげで手作りのものばかり着せられ、バックとワンピースがお揃いということもけっこうあったそうで、幼稚園の上履きなども、インディゴで後染めしてゴムを切り取って履き口全部にレースの縁取りを施してくれたりし、すっかり原型を留めていなかったようです。
中学生の頃は卒業したら美容師になりたかったそうですが、お母さんにどうしても高校だけは行ってほしいと言われ、制服が可愛くて金銭的にも無理のない県立の高校に行ったようです。

そして、結婚するなら建築系の人がいいという理由から建築系の専門学校に進学しました。
そういう動機だったので、週末のバイト先であるリトルニューヨークのショップスタッフ時代は、わがままなスケジュール組みをしたりする不真面目な販売員だったようです。
そんな森本さんがショップスタッフの仕事が面白いと思えるようになったのは、ある人物との出会いからでした。
その人物と一緒に働きたいという一心で、その人物を追いかけてエゴイストに入社しました。

そしてギャルブームの盛り上がりとともに名前ばかりが騒がれて、どんどん自分とは別人の「カリスマ販売員、森本容子」という人物像が作られていってしまったのです。
雑誌の撮影も毎日のように入るようになり、コンビニで販売されている雑誌の3札から4冊の表紙を飾ることもよくあったそうです。

そんな中、雑誌に掲載されると商品が売れるので、どんどん出て欲しいと思っている店側の思考とは裏腹に、冷めている自分に気づきました。
ちょうど家も大変な時期だったので心身ともに消耗してしまい、カリスマ店員として絶頂期に辞めることとなったのです。

今は毎日のようにスタッフになりたいという応募がくるし、大学の新卒応募者も少なくないようです。
以前よりショップスタッフ、販売員という仕事の地位が確実に上がっており、若い子たちの憧れの職業の一つとなりました。
それは、この「カリスマ販売員」ブームがもたらした功績の一つです。

そして、23歳のときに今のオーナーとブランドを立ち上げました。
服を作るための専門の勉強はしておらず、スタイリングやフィッティングがすべてでしたが、販売という仕事を通して、お客様がどんなものを求めていて、どんな風に着こなすときれいに見えるか、どこがどうだったら売りやすいか、というリアルなニーズに関しては自身がありました。
そんな現場側からの服作りをしてみたく、本当に着たい服を作りたいという思いが強くなっていったのです。

そうやって手探りで始めたマウジーも、5期を過ぎたころには22店舗、アルバイトのスタッフも入れると全部で230名にまで成長しました。
そこで、次の世代の大人に向けた新ブランドを立ち上げることにしたのです。

これまでの基本的なコンセプトを残しつつ、森本さんが大人の女として理想とする豪華一点主義のさりげないイイ女、すれ違う人に2度見されるような女をイメージさせる、女であることを楽しめる服を作っていきました。
森本さんは、カリスマ店員からブランドまで立ち上げてしまった、まさにアパレル界のカリスマです。